往古、社号を「船越社」と言い、1054年(天喜2年)に「船越八幡宮」と改め、1870年(明治3年)に現在の「船越和気比賣神社」と改号しました。興居島の氏神様です。
興居島の初詣は1月3日で、お参りすると、朱のついた「おかんぶす(だいだい)」を額にいただく習慣があります。
(1年間無病息災で、代々栄えるという縁起によるもの)
10月の第一土曜日には、勇壮な「船踊り」が奉納されます。
神社の名前にもなっている「和気姫」の話です。
興居島が沖島といわれていた頃、五郎太夫という漁夫が釣りをしていたときに海を漂う「空船(うつろ船)」を見つけ浜辺で打ち砕くと(打ち砕くというところから船ではなく壺と言う説もあり)中から十二、三歳の美しい女の子が出てきました。それが「和気姫」です。
五郎太夫が連れ帰り大切に育てたところ、伊予皇子に見初められて三つ子を産み、その末の子が小千御子で河野家の祖先となったことから沖島を「母居島」と言うようになり「興居島の名前の由来になりました。
