興居島の災害の一端を、平成21年に発行された「松山市立泊小学校閉校記念誌(百三十五年の足跡)」から見てみます。
松山市泊小学校は、明治6年に兒不藎学校として、寺庵を仮校舎としていましたが、明治10年に火災により焼失、同年校舎を新築しました。明治35年に現在の場所(泊港近く)に移転しましたが、海に面していたことから台風の被害を受けました。
また、度々、裏山(おとしの山)の土砂崩れに苦しんだようです。昭和32年6月26日「おとしの山」砂防工事(7月上旬完成)を行いましたが、その後も土砂崩れは発生しました。しかし、「おとしの山」への愛着はあったようで、昭和55年3月2日には「おとしの山」に桜を移植し、11日には桜の苗木35本植え、昭和56年3月12日桜の苗木67本、17日梅の木27本を植樹しました。同8月23日「遊歩道」が開通。昭和57年3月18日には小学校の卒業記念のツツジ22本を移植しました。
昭和60年7月に「おとしの山」砂防落石工事が完了しましたが、令和6年(2024年)の豪雨で再び土砂崩れを起こしました。
・明治20年10月、明治24年9月に暴風雨で被害
・明治27年6月~9月まで大旱魃で飲用水に困る
・大正2年1月、近年稀な暴風雨により船舶渡航せず
・大正6年3月、便所西裏山(通称おとしの山)大いに崩れる
・大正7年7月、大暴風雨(12日)裏山崩れ戸障子大破
・大正10年6月、昨夜来(18日)「おとしの山」崩れ、便所全部埋没
・大正10年7月、大暴風雨(13日)で欠席児童多く授業中止
・昭和6年10月、大暴風雨、村内各所被害夥し、60年来の大惨事
・昭和17年9月21日、暴風雨ますます大荒れ、午後全校一斉に教職員引率下校
・昭和18年7月23日~24日連日の豪雨、24日夜男子教職員不寝番で學校待機、24日夜、山崩れで小便室崩壊、公務員顔面と右足負傷、御手洗洪水で大被害
・昭和18年9月20日、暴風雨2時限にて停業
・昭和29年9月14日、台風による臨時休校。校庭に潮上がる。
・昭和30年9月30日、台風22号のため臨時休校、校庭全面海水に覆われる。板囲いネット倒壊。山崩れあり。御手洗被害甚大。
・昭和31年9月10日、台風12号臨時休業
・昭和39年9月25日、台風20号のため臨時休業
・昭和43年8月5日、「宇和島湾地震」(震度4)。新校舎東入口コンクリート階段に亀裂を生ず。
・昭和45年8月21日、台風10号中予地区襲う。電線・電話線前日より切断。午前十時~十一時頃風波激浪高潮暴風雨最も激しく、激浪運動場に侵入、海岸側コンクリート塀、全倒壊、学習園等土砂で埋没、池には海水流入鯉全滅、85年以来の大被害と古老いう。隣接する保育園全壊、泊港桟橋流出、海岸道路数カ所破壊寸断、人家数個全壊

・昭和47年6月8日、「おとしの山」山崩れ。昨夜来からの豪雨、公務員室西山肌大音響とともに大崩落。時に午前3時05分。公務員室土砂で埋没。宿泊中の公務員無事抜け出す。
・昭和51年9月11日、台風17号のため臨時休業。
・昭和54年6月29日・30日、大雨洪水警報発令。臨時休業。
・昭和54年9月4日、大雨洪水警報発令。台風12号。臨時休業。
・昭和54年10月19日、台風20号暴風雨。臨時休業。
・昭和55年9月11日、台風接近のため、臨時休業。
・平成6年9月5日~11月4日まで、渇水による補食給食
・平成16年6月21日、台風来襲のため臨時休業。
・平成16年9月7日、台風18号臨時休校。
・平成16年9月27日、台風21号接近のため臨時休業
・平成17年9月2日、台風14号来襲のため臨時休業
あくまで、平成21年までの記録です。その後も、平成30年(2018年)7月の「西日本豪雨」の被害は大きく、興居島に大きな傷跡を残しました。